阿部のカラーセラピーと占いカウンセリング【SEL+ 】

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鬱病だった頃のお話

   

次の記事で紹介する、クライアントさんのブログ記事のアップの前に私の過去経験した鬱病について書いておこうと思います。

クライアントさんのブログには
OD(オーバードーズ)
日本語訳にすると「過量服薬」

についても書かれていてマイナスな内容のようにも見える。

でも、

様々な苦しい症状を抱えながらも
前に進もうとがんばる人間の姿が伝わってきます。

占いやセラピーは医療行為ではないという前提で読んでいただけると幸い。

ここから下は精神疾患の内容です。
引っ張られてしまう方は読まないようにしてね。

 

私も過去に鬱病で長年通院していました。
たくさんの薬を処方されていました。症状がまったく改善されなくて薬もいろんな種類を試して、最終的に強い薬が効いて鬱が落ち着きました。
真っ暗闇にポツンと居る感覚が無くなるまで5年はかかったと思う。
でも「鬱だけ」だったのかどうかは定かではありません。
無気力な何もしたくない状態から一気に落ち着きが無く常に何かをしていないとイライラする時期もあったし
他人が怖くて目も合わせられない時期もあったし
誰かが殺そうとしているんじゃないかって妄想してしまう時期もあったし
気持ちが落ち着いて穏やかなのにノボセや腹痛といった身体的な症状だけの時期もあった。
他人がいる場所に行くと過呼吸と動悸と腹痛を起こす(不特定多数の人の往来のある場所とか)。
鬱だけじゃあ無かったと思います。
真っ暗闇に居る感覚はずっと持っていたけど。

医師も診断が難しい病気ですよね。
一番最初の診断の時には話す気力も無く、
原因も分からない悲しみと不安と恐怖で医師の前で泣くだけで喋れなくて
だって誰かと話す気力すら起こらなかったんですもん、
今おもうと不思議だけど、
喋るときの口の開け方が分からない。声の出し方が分からない。
哀しい。怖い。自分が自分じゃない。
奇妙な体験をしていました。
それに
たとえ医師でも初めて会う人でしょう?
よほど信頼関係がなければ自分のこと話せない性格だし。
感情をどう言葉にしていいのか分からなかった。
何が悲しいのか。何が怖いのか。分からなかったから。
夜眠れないのも、暗さが怖い日と明るさが怖い日に別れていた。電気を消すと眠れない日、電気をつけると眠れない日。眠気がこない日もあった。起きていたいだけの日もあった。理由が多すぎてどれを話していいのやら。
「夜は眠れますか?」
「食欲はありますか?」
という何個かの質問に
頭を横に振っただけで診断が下されました。
鬱ですね、と言われました。

私としては診断名はどうでもよくて、
早く元の元気な自分に戻りたかった。
それだけ。

自分ではコントロールできないところまで落っこちてた。

上に書いたように、
無気力以外にたくさんの症状が出てました。

喋り方が分からない
温度が分からない
味が分からない
他人の話す言葉が分からない
息の吐き方、吸い方が分からない
目の開け方、閉じ方、まばたきの仕方が分からない
分からないと共に何もしたくない気持ちも伴ってた。
喋りたくない、何も感じたくない、食べたくない、聴きたくない、見たくない、生きたくない

脚が動かなかったのも驚きました。
朝ね、トイレにいこうとしても上半身は起きても足が動かない日があった。
足に力を入れるってどうやるんだっけ?と悩んで
クララを思い出しました。
クララも同じだったなあなんてぼんやり思って
歩いている自分を想像して
ゆっくり時間をかけて膝を曲げて
足の感覚に耳を澄まして
立ち上がれた。

当たり前に出来ていた動作が出来なくなっていました。

鬱と一言にいってもきっと一人ひとり感じ方も症状も少しずつ違うんだと思う。

根底に、起きたくないという気持ちがあったから足の動かし方を忘れたのかなあ。
脳の分泌物がおかしくなってた。
薬が効き始めてからは徐々に気力が回復していきました。
回復が自分ですごーく良く分かりました。

声が出せる、温度が分かる、味がする、言葉が分かる、自然に息ができる、考えなくても目が開けられる、
考えなくても足が動く。
他人と接したい気持ちも復活しました。

鬱によくある「死にたい」は無くて
「生きているのがつらい」だけでした。

鬱になる直前から回復していくまでの経緯をもっと詳しく書きたいのだけど
診断を受ける直前から診断後の2,3年の記憶がほとんど無いんですよ。
最初は「なんかわからんけど怖い」から始まりました。
そのころはまだ普通に大学に通学してた。
時間は関係なく、ぞわぞわって背筋が凍りつく瞬間が増えてって
いろんな感覚が消えてって
何もしたくなくなった。
何もしたくなくてベッドに寝転がってた。
何もしたくないなんておかしいと思ってたら
息が出来なくなった。
激しい動悸が来た。
死ぬんだと思ってベッドの上でもがき苦しんだ。
救急車呼ぼうと思っても受話器まで手が届かなくて
ベッドの上でゼエハア苦しむうちに疲れなのか酸素不足なのか意識失ってそのまま何時間か眠って目を覚ましたらケロリと治まってて、大学に行ってた。
でも怖い。哀しい。
理由は無い。
そのあと
どうやって大学を辞めて実家に引越したのか覚えてない。
実家に帰ってからも何をしていたのか覚えてない。
ただただ苦しくて目を開けるのも怖くて寝ていた。
親に頼んで病院に連れていってもらった。
体調が悪かった。

でもいまは仕事が出来ています。
10数年かかりました。
長い間支えてくれた実家の家族に感謝。
結婚してからも一年は引きこもっていました。携帯電話も持ってなかった。
長い目で回復を待ってくれた夫にも感謝。
外に出られるようになってから出会った友人たちにも感謝。

幼いころから持っている自律神経失調症や
先天性の心臓病はあるけど
そのときそのときに出来ること
楽しいこと
好きなこと
を自分から見出し、
不安を持ちながらも前に進んでいます。

好きなことしかしない
いっしょにいてラクな人とだけ関わる

と決めてから生きることがラクになってきました。

人に合わせてばかりの生き方のせいで鬱を発症したのだと思います。
幼い頃から30代前半までつらかった。
私の人生じゃなかった。
周りに合わせて、周りのために生きていた。
他人の顔色ばっかりうかがって
嫌なこともニコニコ笑って
したくないことも頑張って
褒められたところでそれは他人の満足。
私は苦しさとか後悔を背負ってた。
私自身が楽しく満足いく生き方を
いまやっとしています。

嫌われてもいい。
たくさんのものを捨ててしまったかもしれない。

でもそのぶん、いまの私の周りには私の大切な人と物だけがあります。

正直いって、鬱病と引きこもりとニートを経験できて良かったとは思っていません。無駄な時間だったと思う。
あの長い苦しい時間が無ければもっと早く、たとえば20代で恋愛をして結婚をしてもっと早く別の安定した仕事をばりばりしていたかもしれない。
苦しみによく耐えれたなあと思います。

無駄だと書きました。

最近ね、無駄な時間を過ごしていることを許そうと考えられるようになりました。

たまには何にもしないでベッドでごろごろぼーっとする休日があってもいい。
周りから見れば無駄な時間でも、私にとっては大切な時間。

引きこもっていた時間を無駄だったと思う。
でも、無駄でなにが悪い。
糧になんかできなくていい。
ただ、過ぎ行く時間を過ごしていた。
過去になった。
いまは今がある。
したいこともたくさんある。

同じ病気を持っていても人によって苦しみも悩みも感じ方も生き方もこれからへの展望も全然違う。
私がこういう経験したからあなたもこうね。なんて決めつけないで、一人ひとりの声に耳を傾けていく。

出てきた言葉をそのまま書きました。
構成もなにも考えていません。

私の過去の経験。

いまも暗闇が好きです。
鬱だったときみたいな怖い暗闇じゃない。
しんと静まり返って優しい暗闇。
一人になれる静かな時間。

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